理屈と屁理屈
岡本幹輝
“理屈”は『広辞苑』を引くと“理のつまる所 ①物事の筋道 ②こじつけの理由”と出ている。つまり、一つの単語にプラスのイメージを持った①の意味とマイナスのイメージを持った②の意味とがあるということになる。一方英語ではどうかと言うに、手元の和英辞書で“理屈”を引くと、”reason(もっともな理由)”,”logic(論理、条理),””argument(論点、論拠)””theory(理論)”と出ていて、これならばいずれも上の①の意味になっている。
思うに日本語で“理屈”と言った場合には、本来なら①の意味であったものが、非論理的で情感を重んじる国民性から、日本人は②の意味を含んだ使用法をしている場合が多い。つまり“理屈”という言葉は好感が持たれていない言葉の一つなのであろう。その理由には、日本人の性向によるところがあるほかに、“屈服”、“卑屈”、“窮屈”や屈辱“のように、“屈”という字があまりいい意味に使われていないところから来るのかも知れない。白川 静の『字通』では、獣が尾を曲げよじる形から来た“屈”の字には“かがむ”、“まがる”の意味の他に“きわまる”の意味も含まれ、それが“是非”や“筋道”とともに“ただす”、“ととのえる”の意味を含む“理”の字と合体して“筋道をきわめる”という意味の“理屈”なる単語が生まれたということで、本来は極めて論理性に富んだ言葉なのであるが、却ってそこのところを日本人が敬遠するのであろう。
よく日本人は議論に詰まったり、言い負かされそうになると、特にその相手が自分よりも目下の立場にいる場合には、「理屈を言うな!」と押さえつけるような言いかたをしたりするが、これは完全に上の②の意味なのである。そうでなければ、その部分を英語に直して言い換えると「Reasonableなことを言うな!」となってしまい、「非合理的、非論理的、感情的で支離滅裂なことを言え!」となり、とんでもない発言になってしまう。
このようなとき日本語で正確に言うならば、我田引水や牽強付会のようにこじつけを意味する言い方である「屁理屈(quibble)を言うな!」を用いるべきなのであろう。一方で「理屈に合わない」、「理屈に適った」との本来の意味①に沿った正しい使い方も存在しているだけに、「理屈」と、上記の②の省略前の使い方であった「屁理屈」とは意識して区別して用いたい用語である。 以 上 |