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呟言集(ツイッター)

岡本幹輝


・明るいのは良く、暗いのは良くないという価値判断が広く受け入れられている。
・常に笑みを湛(たた)えて従順な人は明るく善良な人だと見られ、常に顰(しか)め面で懐疑的な人は暗く陰険な人だと見られる。
・欠点は無いが虫の好かない相手を非難したいとき、「暗い」とか「取っ付き難い」とか、「何を考えているのか解からない奴だ」とか言えば、周囲の理解が得られるものである。
・詐欺師(さぎし)ほど明るく振舞う人はいない。
・第一印象の良い人は詐欺師かも知れない。
・他人に良く思われたいと努力することは詐欺行為かも知れない。
・化粧(けしょう)することもある種の詐欺行為である。
・達筆もある意味では詐欺行為の小道具かも知れない。
・第一印象を良くしようと思うな!その印象を後々まで持続しなくてはならず、結局は疲れ果て相手を裏切る結果になるからである。むしろ初めて出会った相手が自分を軽視し見くびってくれた方が、徐々に印象を高められ、力まずに後々楽でよい。
・勝負に負けた方が、哲学者により近くなる。
・先に生まれた人は、年齢では追い抜かれることがないので、常に優越して後から生まれた人を見下し命令したりするが、後輩は、老いさらばえて死んで行く先輩の惨めな姿を見ることで、先に生まれた人に対して優越した気分を味わうことができる。
・いつも大勢の仲間と一緒にいなければ落ち着かない人は、歳を取って一人でいることが多くなると、一緒に行動する仲間がいないので、何もすることがなく早く衰えてしまう。
・人は、他人を分類して何かのグループに編入して名前を付け、差別化して、そのグループの名前でその人を呼びたがるものだ。
・初対面の人を、誰に似ているかと探して結びつける人は多い。
・自分にない能力を発揮する人を、「あいつは変わっている」と貶(けな)すのは、自己弁護していることになる。
・規則正しく秩序を乱さずに生活している人の中からは、絶対に天才は生まれて来ない。
・天才は、その才能が認められるまでには奇人変人とバカにされ、家族には迷惑を掛けるなど並々ならぬ苦労をする。生きているうちには認められなく、死んでから認められた天才も多い。
・天才とは、他の人が見逃したありふれた事実に気付く人である。
・日ごろバカにしたり貶(けな)していた人が急に有名になったりすると、「そんな偉い人とは知らずこれまで失礼しました」と一応は謙虚に自分の不明を恥じたような発言をするものだが、その言葉は、実は相手が才能を隠していた点を非難した言葉なのである。
・他人の目をいつも気にしていると、自分で周りに垣根を作って、小さく纏(まと)まった人間になってしまうものだ。
・ときどき人は、組織の方が個人よりも偉いものだと錯覚する。
・組織は、利用するもので、できれば入るものではない。
・組織は、それを構成する個人を、組織の一器官として位置づけ役割を与えるものである。
・組織の中で個人が自由平等の権利、役割を主張しても通らない。
・もし万物の創造主がいたとして、「自由に喋ったり動き回ったりはできないが、食べる物は保障されている植物系がよいか? それとも、自由に喋ったり動き回ることはできるが、食べる物は自分で探さなければならない動物系がよいか? お前ならどちらを選ぶか?」と選択を迫られたら、どうするか?
・人は、組織の為なら平気でウソをつき悪いことをする。人は、リーダーの許しがない限り組織の為には絶対に謝らない。
・人格高潔で良識ある人たちだけで結成された組織であっても、その組織体の行動が良識のあるものになるとは限らない。
・組織には組織体としての個性がある。組織体の個性と合わない強い個性を持った若者は、その組織体には入らない方がよい。
・営業マンは一人で企業を代表して、嫌な商品でも積極的に宣伝し、販売する責務を負わされている。これまで相手の立場を尊重し虚勢を張らず謙虚に振舞う聖人の道を学んで来た若者は、企業に入ったとしても、一人ででも組織を代表して外部と折衝しなければならない営業のような部署にはつかない方がよい。
・組織の中の上下関係は、組織を離れても維持されがちなものだ。
・自由を叫ぶ人ほど、組織の長になると、下の者の自由な発言や行動を束縛するものである。
・休日の過ごし方を会社の上司に指示して欲しいと頼む者もいる。
・組織の中だけを巧く治めるためには、公平無私な人がリーダーに選ばれるが、別の組織との争いになると、強欲な人がリーダーに選ばれる。
・法令よりも、仲間や組織での人間関係の方が重視されがちだ。
・卑怯者と言われたくないがため、解かっていても悪事に手を出す人がいる。
・組織のリーダーが気をつけるべきことは、取巻きの迎合である。
・健全な社会や組織には、必ず少数だが一定の批判や反対勢力が存在する。動物でも体内から白血球や大腸菌などの微生物を全て駆除してしまったら、その動物体は死んでしまう。
・組織は、上から腐っていく。
・就職を進学の延長だと考えている人は多い。
・大きな会社に入ったと周(まわ)りの人たちに威張(いば)っても、会社の中では周りの人たちから威張られている。
・組織の中での年功序列制度は、全て人の能力は組織に加入したときには同一対等であって、その能力は一年ずつ揃って一様に向上して行くものであるという、才能や努力などの個性を無視した、極めて非科学的で非現実的な仮説を前提にした制度である。
・組織の上の人は、下の人の全人格を支配して自由に扱えると錯覚するものだ。
・上の人ほど、自分の意見が受け入れられるのは自分が正しいことを言っているからだと錯覚している。
・錯覚とは間違った思い込み、つまり勘違いである。錯覚は、誤解や妄想や無知と同様に、嘘よりも強力な作用をする。
・下の人ほどさらに下の人を作ろうとする。一番下の人ほど動物を飼いたがる。
・怒らないと自己主張できないと思っている人は多い。怒らないと秩序や権威を保持できないと思っている組織人は多い。
・我(が)を剥き出しにして振舞う人は気の毒な人だ。
・何事にも感動できない人は可哀想な人なのだ。
・他人の努力や誠実さを褒めない哀れな人が多い。
・いったん謝ると、相手の言うなりに従わなければならない奴隷にでもなるように思って、絶対に謝らない人が多い。
・「ご迷惑をお掛けしたとしたら謝ります。」という条件を付けた言い方は、謝った事にはならない。
・「まことに遺憾の極みでございます」という慇懃(いんぎん)な言い方は、「残念だ」という自分の気持ちを単に述べているに過ぎず、相手に謝ったことにはならない無礼な態度である。
・何か失敗をして他人に迷惑をかけても、その他人の所為(せい)にして、反省しないで自らをごまかす人がいる。明らかに自分がした行為でも、そうさせられたのだと、罪をその他人になすりつけて納得(なっとく)している。
・濡れ衣を着せた相手が怒ると、「怒るのは図星だからだろう!」と反論するのは、殴った相手が「痛い!」と叫ぶのに、「そうだろう!身に覚えがあるからだ」というのと同じである。
・他人を誤解して不当な扱いをした人は、誤りに気付いても相手に済まないと反省はせずに、黙ってその相手が失敗するのを待ち受けているものだ。
・情況判断を誤ったとき「想定外の事が起こったので・・」と、あたかも不可抗力なのだから自分には責任がないような弁明をする人がいる。しかし、想定外だということは、予測できなかったという自らのミスを認めた発言なのである。
・誰でも、自分の身体を所有しているつもりでいながら、その仕組みや働きを全く知らない。
・生まれる前の世界を誰も覚えていないのに、死んだら別の世界に行くと思っている人は多い。
・ほとんどの人が死んだ後のことを、今の世界に生きている個人の立場で、自分がどうなるのかと想像している。
・誰でも、自分のしたいことをあれこれと考えているものだが、自分がいつ死ぬのか、どう死ぬのか、正確に判っている人はいない。
・死んだことが無いのに、自分はまだ死なないと思っている人は多い。
・この世を覗けたというだけでも、生れて来て良かったのだろうか?
・死んでも霊魂は残るのなら、この世は何億年も前から今までに生存した、数え切れない生物の霊魂で溢(あふ)れかえっていることになる。
・宗教は、本来葬式などの死者儀礼とは全く無縁なものである。
・高僧が喝破しているように、自他の忘却こそ宗教の目的である。
・我を忘れるような趣味や運動をせよ! 呼吸法も大事である。
・知識習得以外の欲望は何であれ、貪(むさぼ)り尽くしてはいけない。いや、知識欲にも限度があるのかもしれない。
・現世利益を売物にする宗教は,お金が儲かる,病気が治るとかの布教をして信者を募る。苦情が来た時には,信心が足りないとか,大きな損をするところが小さな損ですんだとか,もっと重い病気になるところだった,苦しみが少なく死ねたからご利益があったとかいうのが,常套(じょうとう)の言い逃れである。
・神がいるなら、なぜ無垢の幼子が悲惨な事故に遭うのだろう。
・宗教に入信することと政党に入党することは強制されてはいけない。しかし、布教と選挙は強制したくなるものらしい。
・信じることを無批判に受け入れなければならないのが宗教である。宗教に入信するということは、その指導者の奴隷(どれい)になることだと覚悟すべきである。
・もう一人の自分に、いつも自分を見つめさせよ。
・他人に施(ほどこ)しをすると良い気分になるが、施しをされた人は施しをした人を内心で蔑(さげず)んでいるものだ。
・名前を伏せた施しをするお金持ちは少ない。
・「恩を仇で返すな!」と恩人は憤(いきどお)るが、むしろそれが普通なのだと心得るべきである。
 ・恩人は、情けを掛けた人に対して無防備である。
・情けとは、外部に示す態度であり、愛とは、内部に自然に生じる感情である。
・仲良くしようと強制する人がいる。私を愛せよと刃物を振り回す人がいる。
・行動は、法律で強制され、心は、儀式と道徳と宗教で拘束される。
・権力者は、自分の威力を常に儀式により確認したがるものだ。
・誰も自分の意志で好き好んで生まれた土地や一族ではないのに、「この土地や一族を愛さないとは何事だ!」と愛を強制されるのが今の世の中である。
・先祖(ルーツ)探しをするな! 大悪人かも知れないぞ。
生まれ育った土地や国を自慢しすぎるな! 神の選び給いし国ではないのだぞ。
・会社の社長が「うちの会社は民主的である」と豪語するが、自己矛盾を言っていることに気付かない。
・強固な組織ほど、その内部は民主的ではない。
・民主主義とは、権力者が民衆に与えた擬制である。
・趣味や娯楽に熱中している国民の方が、政治家は扱いやすい。
・頑固や強情な人と意志の強い人とを区別しない人は多いが、感情的な人と理性的な人との違いと言えば解かる筈である。
・なんでも多数決で決めるのが正しいやり方だと思っている人が多い。
・集会でユーモアのある発言をして会場を笑わせると、一気に人々を味方につけることができる。敵は嘲笑はするが同調した笑いはしないものだ。
・同じ笑いでも、ニコニコとか微笑(ほほえ)みとか朗笑と見る人もいるし、ニヤニヤとか薄ら笑いとか嘲笑と見る人もいる。
・周(まわ)りから笑われる人になるな!笑わせる人になれ!
・長距離を短距離走法で走り,途中で疲れ果ててしまう人がいる。
・合理主義者は、ムダなことにはお金を使わないが困っている友人を助けるために資金援助は惜しまない。しかしケチな人は、友達と割り勘にして飲んでも支払いをごまかそうとする。
・学校の勉強ができたり計算が速く利にさとい人は、頭がよいと言われるものだが、本当に頭がよい人とは、自分の身の程を知り世の中の動きを見通せる人である。
・口で言った言葉も、文字に書かれると急に権威を帯びてくる。
・誰でも、自分は人を見抜く力があると思い込んでいる。
・迷っている時ほど人は、他人に同意を求めて自分をごまかそうとする。
・有名人を知っていると言いたがる人ほど、劣等感の強い可哀相な人なのだ。
・賛否を問われると、誰が言ったのかを確かめてから初めて自分の立場を表明する人がいる。
・沈黙は金だとして黙っている人は、言うべきときにハッキリと言わないで、自分を守ろうとするずるい人の場合が多い。
・口を噤(つぐ)んだり拭ったりする人のなんと多いことか。
・相手の発言に賛成できないとき、必ずその都度直ちに言い返す人がいる。裁判の席で沈黙することは相手の主張を認めたことを意味するが、日常の会話では、聞き流して沈黙を通す態度は相手の発言を必ずしも認めたことではなく、かえって穏当で賢明な処世術となりうる場合がある。中国の故事にあるように、黙って青眼白眼の態度でもって賛否を表現するやり方もある。
・攻撃的に振舞う人ほど、防御できない欠陥を持っている。
・誠意なく術策を弄(ろう)する人は、品性の卑しい人である。
・弱く力のない人ほど、不利な立場に立たされたときには、猫が火を噴(ふ)いて毛を逆立てるように、感情的に相手を威嚇(いかく)して得意になりたがるものだ。
・「私は目立つことは大嫌いなのだ!」と大声で怒鳴る人がいる。
・「ここで喋(しゃべ)ったことは無かったことにしておこう」という発言も、無かったことになる。
・「非常時だ。自粛しよう!」と強制されるのが世の中なのだ。
・刑務所の塀の上に立って、俺はいまだかつて中に落ちたことが無いと豪語する人を、誰でも中へ突き落したくなるものだ。
・人生の入り口で決められた序列が、その人の一生を支配してしまう。
・器用な人は何でも直ぐに覚え巧みにやりこなすが大成しない。失敗したことがない人など、本当は頼り甲斐のない人なのだ。
・金持ちや身分が高くなるにつれて、他人に比べて自分は不幸だと思う気持ちも強くなるものだ。
・健康を意識しないと同様に幸福も意識していないときにある。
・幸運は意識に残らず、不運は一生悔やむものだ。
・映画や小説の中の登場人物は、どんなに現実の人間らしく描かれていても、実際の人物のほんの一部分の性格や行動を単純に強調して、解かりやすく示しているにすぎない。
・清純で穢(けがれ)なく心優しき美少女などいるわけがない。正義感にあふれ自己犠牲を貫く勇気ある青年などいるわけがない。
・結婚は、個人の意志で決められるが、相手の背後にいる正体不明の親族が自分の姻族になることに気付かない。恋愛は、二人だけでできるが、結婚は係累(けいるい)が出てくる。
・非日常的な恋愛によって選んだ結婚相手が、極めて日常的な家庭生活に適した人であるはずがない
・女は、結婚し子育てが終ると途端に、恥じらいを捨て、化粧や身嗜(だしな)みにも手を抜き、厚かましい本性を現し、子供たちを味方に付けて家庭内での主導権を確立する。
・男は、社会に揉まれて家庭を顧みず、朝から晩まで働かされ疲れ果て、己の限界を知った挙句(あげく)に面倒臭くなって、家庭内での主導権を女に奪われても、どうでもよいと諦める。
・人類は皆平等であり、男女も同等の権利を享有する。しかし、男女それぞれには、肉体上の構造や役割に基づいた、長い年月の間に歴史的、文化的な環境によって培われたそれぞれ固有の思考方法や価値判断があり、感覚、感情、反応の違いなど、相手方異性がどうにも理解できない行動をとるようだ。
・何か変わったことをしようとするとき、どうして肉親や親族は阻害要因としての役割を演ずるのであろうか。
・他人に迷惑を掛けないことを信条として生きてきた人でも、死んだらその後始末を誰かがしなければならない。
・一切財産を残さないので遺贈もなく、借金もなく、プラスもマイナスもゼロで死ぬことは至難の業である。
・学問、芸術、スポーツなど習い事は何であれ、初心の時には上達は早いがやがて壁にぶつかる時が来る。この壁を易々(やすやす)と乗り越えられる人もいるが、長い間行き詰って苦しむ人も多い。しかし諦めずにこの壁を押し続ければ、ある時ヒョイと飛躍して越えられて、簡単に乗り越えた人よりも高い境地に達する事ができる。
・「頑張れ!」と言う掛け声は残酷な言葉でもある。
・幼な児は、無邪気な天使だが、昆虫の翅(はね)や頭をもぎ、小動物を苛(いじ)める小悪魔でもある。
・古くからの資産家や土地の名望家と言われる家庭では、新興の俄(にわ)か成金とは違って、子供の教育に心を砕き、厳しい躾(しつけ)をしているものだ。幼いときに無意識に教え込まれた躾は、本能の一部となって身に付くものである。
・学ぶことの最大の目的は、知識を得ることではなく、自己をコントロールできる能力を身に付けることにある。聖人や達人は、自分の感情を完全にコントロールして、抑制した言動のできる人である。
・学ぶことの終局の目標は、知的対象物に自らが気付く能力を身に付けることにある。従って、教育の目的も、学ぶ者に自らが気付く能力を与えることにある。
・学ぶことは、須(すべか)らくタイミングが肝要である。後回しにして、歳を取ってから音楽や語学や数学を覚えようとしても、最早その時では遅すぎる。老後唯一の楽しみである読書の習慣も、幼いうちに身に付けていないと、その時になってからでは間に合わない。
・相手の立場を考えずに、自分のことだけを考えて喋ったり行動する人が多い。いや、相手の立場をよく解かっているからこそ、自分の利益のために相手の立場を傷つけようとわざと振舞う人が多いのかも知れない。
・知能や情感は正常なのに、筋肉が硬直して言語や行動が不自由な気の毒な人がいる。しかし、身体機能は正常で言語や行動などは極めて活発でありながら、精神や情感が硬直したもっと不幸な人がいる。
・体を病む人は、看病や介護をしてくれる人に感謝の気持ちをささげるが、心を病む人は、憎しみの怒りをぶつける。
・ヘビースモーカーでも肺癌にならず、大酒飲みでも肝臓病にならず長命の人がいる。節制し自己管理に厳しい人でも癌になって早世する。だからと言って、無節制に放縦(ほうしょう)な生活を続けるには覚悟がいる。
・自分が変わることが怖いので、生き方を改めない人は多い。
・気位が高く上品ぶった近づきにくい尊大な人ではなく、自分に厳しく他人には優しくして、物欲しそうな卑(いや)しい行為を慎んで恥を知る人を、プライドの高い人という。
・権力に媚(こ)びず毅(き)然としている人は、「偉そうにして、いったい何様のつもりだ!」とか、威張った傲(ごう)慢不遜な人だとか評されることが多いが、弱い者に優しく謙虚な人なのに気付かれていない。
・何事であれ相手に頭を下げさせて、位取(くらいど)りをする人がいる。娘を嫁にやるときには「手塩にかけた娘を嫁にやるのだから」と言い、息子に嫁を貰うときには「これからずっとこの家で世話してやるのだから」と言って、いずれも相手に頭を下げさせる。
・専門家と称する人の意見であっても盲信しない方がよい。専門分野では、専門家の数ほどに、いろいろな意見が飛び交うものである。専門家ぐらい、自分の説に執着する者もいないものだ。
・自分が今何をやっているのか、なにも解かっていない人が多い。
・自分が今どういう立場にあるのか、なにも解かっていない人が多い。
・人を騙(だま)すよりは、むしろ騙された方がよい。
・他人を騙したり足をひっぱったりする人は、誰でもそうするものだと信じている。自分だけの利益や名誉を求めない誠実で控えめな人が世の中に存在するなど思いもよらず、もし居ても、そのような人はバカな奴だと思い込んでいる。
・己(おのれ)のバカさ加減を、これでもかこれでもかと確認させられているのが人生である。
・死んでバカが治るものなら、早く死んで利口になってみたいものだ。

以上

 

 


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